{"componentChunkName":"component---src-templates-article-js","path":"/2026/05/06/ei-arakawa-nash-interview-venice/","result":{"data":{"wordpressPost":{"id":2409,"slug":"ei-arakawa-nash-interview-venice","title":"荒川ナッシュ医｜インタビュー","excerpt":"第61回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館で新作プロジェクト「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」を発表する荒川ナッシュ医。57の歴史的日付を背負う赤ちゃん人形、韓国館とのコラボレーション、ケアの労働、植民地主義的過去などへの応答など、プロジェクトに込めた構想について語る。","content":"\n<p>2024年、荒川医ナッシュにとってアジア初の美術館個展となる「ペインティングス・アー・ポップスターズ」が、東京・国立新美術館で開催された。同館でパフォーマンス・アーティストの個展が実現したのは、これが初めてだった。</p>\n\n\n\n<p>ユーモア、歴史、政治が巧みに交差するこの展覧会は、美術界、そして日本社会の慣習や規範に揺さぶりをかけるものとなった。会場では50名を超えるアーティストの作品が紹介され、荒川ナッシュ自身によるパフォーマンスも定期的に行われた。それから半年も経たないうちに、荒川ナッシュは第61回ヴェネチア・ビエンナーレの日本代表に選出される。日本に生まれ、現在は日系アメリカ人である荒川ナッシュは、日本国籍を持たないアーティストとして初めて、個展形式で日本館を担うことになる。この二つの大きな出来事のあいだに、夫とともに双子の親にもなっている。</p>\n\n\n\n<p>荒川ナッシュは、リサーチに基づき、他者との協働を重視したユーモラスで遊び心のあるパフォーマンス作品で知られる。今回、日本館で発表する「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」では、赤ちゃんを中心的なモチーフに据え、ケアと内省のテーマに取り組む。共同キュレーターは高橋瑞木と堀川理沙。</p>\n\n\n\n<p>ArtReviewは、占星術、サングラスをかけた赤ちゃん、おむつ、そして日本の植民地主義的過去など、展覧会をめぐるさまざまな側面について、荒川ナッシュに話を聞いた。</p>\n\n\n\n<figure class=\"wp-block-image\"><img src=\"https://backend.artreview.com/wp-content/uploads/2026/04/rn-eiarakawa-010-copy-1230x1845.jpg\" alt=\"\"/><figcaption>Ei Arakawa-Nash with his twin children. Photo: Ricardo Nagaoka</figcaption></figure>\n\n\n\n<p><strong>ArtReview:</strong> アメリカ国籍を取得してから、生活はどのように変わりましたか。</p>\n\n\n\n<p><strong>Ei Arakawa-Nash:</strong> 2019年にアメリカ国籍を取得しましたが、どちらかというと、必要に迫られてのことでした。コロナ以前は、年間180日近くアメリカ国外に出ていたんですが、グリーンカードを保持している場合、1年のうち少なくとも6か月はアメリカ国内に滞在しなければならないんです。20年以上を過ごしてきたアメリカに住み続ける権利を失ってしまうかもしれない、という不安がありました。それが帰化した現実的な理由のひとつです。ただ、日本国籍を手放すことには、もちろん少しためらいもありました。日本国籍を持たなくなるとはどういうことなのか、考えていました。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 実際にはどうでしたか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 不思議な感覚でした。福島で生まれた私にとって、日本に属しているという感覚は、生まれた場所に根ざしています。でも、国籍という法的な枠組みが、実際に私を日本人にしているわけではない。帰化の過程を通じて、国籍とは構築されたものなのだということを、より強く意識するようになりました。それは同性婚にも関係しています。日本は私の同性婚のステータスを認めていません。つまり、私のその立場は、自分がどの政府と結びついているかによって左右されるのだと分かったのです。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> どこか無国籍のように感じることはありますか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 無国籍だと感じるわけではありません。むしろ、単一の国家的な枠組みの外で考える機会が増えた、ということです。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 国籍やアイデンティティとの複雑な関係を抱えるなかで、ヴェネチアで日本を代表することを、どのように受け止めましたか。　</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 招待を受けたときは嬉しかったですし、国立新美術館での個展の後だったので、自然な流れに感じられました。ナショナル・パビリオンにしても国立美術館にしても、国家を代表するような場には構造的な硬さがあり、とても官僚的です。だからこそ、パフォーマンス・アーティストには、一時的であっても、そこに介入し、自分たちの柔軟さを差し込める余地があると思うんです。2000年代初頭からパフォーマンス・アーティストとして活動するなかで、美術館がパフォーマンス・アートを受け入れるためにどのように変わってきたかを見てきました。時間をかけて、美術館はこのメディウムをどう管理するかを学んできたのだと思います。それでも制度が私たちの行為をどこまで規定できるかには限界があります。</p>\n\n\n\n<figure class=\"wp-block-image\"><img src=\"https://backend.artreview.com/wp-content/uploads/2026/04/06a-VBAN05_3763-1-1230x1845.jpg\" alt=\"\"/><figcaption>Ei Arakawa-Nash,&nbsp;<em>Mega Please Draw Freely</em>, 2024 (performance view, The National Art Center, Tokyo). Photo: Shu Nakagawa. Courtesy the artist and The National Art Center, Tokyo</figcaption></figure>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 以前、日本館代表に選出された際のステートメントで、「風穴」という言葉を使われていました。「穴を開けて風を通す」という意味の日本語ですが、国立新美術館と日本館という二つの国家的な場に対する介入を、よく表した比喩だと思いました。今回のヴェネチアでは、特にどのような点が重要になるのでしょうか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 展覧会にはいくつもの要素があって、どれも重要だと思っています。インスタレーションには、57の異なる歴史的日付を担った赤ちゃん人形が登場しますが、そのリストを制作することはとても繊細な作業でした。どう語るかについても、いろいろな人と確認しながら進める必要がありました。また今回のビエンナーレでは、私がキュレーターを選びましたが、アーティストがキュレーターを選ぶのはかなり珍しいことだと思います。日本館ではこれまで行われてこなかった、いくつかの新しい仕組みを取り入れることもできました。そのひとつが韓国館とのコラボレーションです。韓国館はヴェネチア・ビエンナーレの主要会場であるジャルディーニにあり、日本館のすぐ隣に建っています。こうした取り組みを通して、私たちは今後の日本館のあり方を、より良くしていこうとしています。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 韓国館とのコラボレーションについて、もう少し詳しく教えていただけますか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 韓国館が建てられてから30年のあいだ、二つのパビリオンが協働したことはありませんでした。今回、日本館で一緒に仕事をしている共同キュレーターのひとり、高橋瑞木さんは、2015年に韓国館とのコラボレーションを提案していましたが、そのときは実現しませんでした。2024年には、英国を拠点とする韓国人のイ・スッキョンさんが日本館をキュレーションしています。そうした接点や協働を模索する動きは、これまでにも何度かあったのです。韓国館のキュレーターを務めるチェ・ビンナとは、過去に何度か仕事を共にしてきたこともあり、その関係が今回の協働につながりました。以前からの私たちのつながりが、歴史的な流れと重なったのです。</p>\n\n\n\n<p>当初は、共同でレセプションを開くといった、運営面での協力が中心でした。しかし、日本側の共同キュレーターたちやビンナ 、二人の韓国人アーティスト、そして私自身のあいだで対話を重ねるうちに、ヴェネチアでの自分の作品を通して、国家的、社会的、個人的な歴史に対してどのように向き合い、そこからどのように償いや修復のかたちを示せるのかを考えるようになりました。「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」の一部では、第二次世界大戦中にアジア太平洋地域で日本が行った暴力に触れています。またこの作品は、20世紀初頭の朝鮮の抵抗運動や、在日、つまりコリアン・ジャパニーズ、さらには台湾系、中国系をはじめとする、日本に暮らすその他のディアスポラ・コミュニティにも目を向けています。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> ヴェネチアという国際的な発表の場で、韓国館との協働をひとつの手がかりにしながら、歴史的な暴力に向き合い、関係の修復を試みようとしているのですね。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 韓国館の展示「Liberation Space: Fortress/Nest（解放空間：要塞と巣）」は、1945年から1948年までの3年間を出発点にしています。この3年間は、日本の植民地支配から朝鮮が解放された直後の、新たな始まりの時期でもありました。双方のパビリオンには、歴史の修復に対する共通した関心があります。だからこそ、境界を設けるのではなく、互いに入り込んでいくような関係をつくることが自然に思えました。その関係を具体的なかたちにするために、双方のパビリオンで互いの作品やパフォーマンスが行き来するような構成にします。韓国人アーティストのひとり、チェ・ゴウンには日本館で作品を展示してもらい、ノ・ヘリは私の赤ちゃん彫刻を用いて、韓国館で毎日パフォーマンスを行う予定です。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 日本の植民地主義を、このような公式な国家的文脈のなかで扱うことについて、何か難しさはありましたか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 日本館のコミッショナーは国際交流基金で、外務省の管轄下にあります。外交的な配慮が必要な場でもあるので、このコラボレーションをどう表現するかについては、私たちも慎重に検討しています。このまま予定どおり進んでくれればと思っています。私は日本館で個展を行う初の非日本国籍者ですが、リサーチを進めるなかで、1970年代から日本に暮らしている韓国人アーティストのチェ・ジェウンが、1995年に日本館のグループ展に参加していたことを知りました。その年は、韓国館が建てられた年でもあります。こうしたことを知ると、両者のあいだには、協働へ向かう思いのようなものが歴史的にもあったのだと思えてきます。ナムジュン・パイクも1993年にドイツ代表を務めていたと思います。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 医さんの作品では、歴史的な作品や出来事との関係、あるいは対話がしばしば中心的な要素になっていると思います。制作の実践において、そうした対話はどのような意味を持っているのでしょうか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 重要な点のひとつは、私自身を中心に置きたくなかったということです。そのためには、他者をコラボレーターとして招くだけでなく、私たちが共に何を望んでいるのかを知るために、歴史の中に残された手がかりをたどる必要がありました。そしてそれらを通じて、自分自身の主体性を、何らかのかたちで外へと開いていきたかったのです。日本のパフォーマンス・アートの歴史をリサーチしたとき、私は、そのコミュニティがどのような文脈にあったのかを想像したいと思いました。そうすることで、作品が私自身の立場だけから生まれるものにならないようにしたかったのです。そのとき作品は、単一性に閉じ込められず、より自由になっていくのだと思います。</p>\n\n\n\n<figure class=\"wp-block-image\"><img src=\"https://backend.artreview.com/wp-content/uploads/2026/04/04-VBAN03-1-1230x879.jpg\" alt=\"\"/></figure>\n\n\n\n<figure class=\"wp-block-image\"><img src=\"https://backend.artreview.com/wp-content/uploads/2026/04/%E2%98%85_E2A3512-1230x820.jpg\" alt=\"\"/><figcaption><em>LGBTQIA+ Baby Shower Event</em>, 2024 (performance views, The National Art Center, Tokyo). Photo: Shu Nakagawa. Courtesy the artist and The National Art Center, Tokyo</figcaption></figure>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> アーティストとしての自分自身や、その権威を中心からずらしていくことは、医さんの作品に繰り返し現れる要素でもあります。パビリオンを訪れる参加者に対して、何か期待していることはありますか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 過去と向き合い、過ちを認識することで、よりよい未来をつくっていく。そうした姿勢があります。そこで重要になるのが、208体の赤ちゃん人形です。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> それらは、よりよい未来や過去の過ちと、どのように関係しているのでしょうか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 子どもを育てていくうえで、私はさまざまな過去や過ちを自分の内側に引き受けたいと思いました。未来の世代をただ祝福するだけではなく、自分が過去とどのように向き合うのかを見つめ直す必要があると思ったのです。57の歴史的な日付のリスト、韓国館とのコラボレーション、そして来場者が赤ちゃん人形を抱き、ケアをするよう促される参加型のパフォーマンスは、すべてそこにつながっています。未来について楽観的に語る前に、まず自分で宿題をしなければならないと思いました。</p>\n\n\n\n<p>私が子どもだった1980年代から90年代初頭には、たとえば日本によるアジア太平洋地域の植民地支配や軍事統治について、あまり学んできませんでした。57の歴史的な日付をリサーチし、選ぶことは、その欠落に対する応答でした。だからこそ、そうした日付は隠すのではなく、私が自分の双子に手渡したいものなのです。</p>\n\n\n\n<p>選んだ日付は、ナショナリズムや戦争の歴史に関わるものだけではありません。日本における女性のリプロダクティブ・ライツ、クィアの歴史、労働の歴史に関わるものも含まれ、ヨーロッパ、アメリカ、そして東南アジアを含むアジア各地の歴史に由来しています。その一つひとつが、赤ちゃん人形たちの誕生日として割り当てられます。さらに、影響力があり、多くの人に信頼されている占星術師でありライターの石井ゆかりさんには、赤ちゃんたちのためのお祝いの詩を書いてもらいました。こうした構成によって、赤ちゃんたちの軽やかな存在が、重く深刻な歴史的過去と結びついていることを示したかったのです。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 個人的な歴史と地政学的な歴史が重なり合い、互いに入り込んでいくことが、この展示に通底するひとつの軸になっているように思えます。来場者は、赤ちゃん人形とどのように関わるのでしょうか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> パビリオンには208体の赤ちゃん人形があり、それぞれ異なるベビー服を着て、ミラーサングラスをかけています。とてもユーモラスだと思います。吉阪隆正が設計した日本館は、大理石の床を備えた、ミッドセンチュリーのナショナル・パビリオンで、館内に入ると、来場者はたくさんの赤ちゃん人形に迎えられます。そのうち57体は実際に抱くことができます。大事なのは、重さが5〜6キログラムほどあることです。結構重いんです。それは、うちの赤ちゃんたちが4か月くらいだった頃の重さとして、私の身体が記憶しているものです。そこで観客はケアする側になります。歴史的に、その役割の多くを担ってきたのは女性たちでした。そこにはケアの問題があり、同時に労働としての重みもあります。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> その人形はどこから来たのでしょうか。このプロジェクトのためにつくられたものですか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> フロリダの会社が作っている既製品ですが、カスタマイズする必要がありました。もともとは4か月の赤ちゃんとしては小さすぎましたし、すでに歯も生えていました。よりリアルにするために、歯を取り除く必要があったのです。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong>なぜミラーサングラスをかけているのですか。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 一番の理由は、来場者が赤ちゃんを抱いているときに、サングラスがその人や周囲の環境を映し出すようにしたかったからです。赤ちゃんの視線を通して、来場者は風景のなかにいる自分自身に気づくことになる。赤ちゃんたちは、大人たちを見ているのです。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 今のお話を伺って、以前、医さんが影響を受けた人物のひとりとしてダン・グレアムに言及していたことを思い出しました。彼の作品は、鏡や空間構造を通じて、見ること／見られることの力学を探求しています。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> そうですね。鏡を用いて第四の壁を破るような、1960年代の作品のいくつかも念頭にあります。たとえば草間彌生です。彼女は1966年のヴェネチアで行ったゲリラ・パフォーマンスで、観客に鏡面の球体を販売しました。購入した人は、その球体に映る自分自身を、周囲の環境のなかで見ることになります。私の場合は、赤ちゃん人形たちの複数の視線が大人たちに向けられ、まるで彼らを観察しているかのような状況をつくりたかったのです。何体かの赤ちゃんは、パビリオンの屋上など、より高い位置に配置されます。私たちを見下ろし、まるで大人たちに挑みかけるように。</p>\n\n\n\n<figure class=\"wp-block-image\"><img src=\"https://backend.artreview.com/wp-content/uploads/2026/04/16-IMG_5073-copy-1230x1274.jpg\" alt=\"\"/><figcaption>The Arakawa-Nash twins. Photo: Ei Arakawa-Nash. Courtesy the artist</figcaption></figure>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 大人たちを監視しているわけですね。ラカンの鏡像段階のようでもありますが、医さんはカリフォルニアに住んでいますよね。カリフォルニアでは、高速道路の警察が相手を威圧するためにミラーサングラスをかけると聞いたことがあります。表情が読めないからです。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> この場合、人形の目が見えないことで、むしろ来場者はより共感しやすくなるのだと思います。サングラスにはいくつか理由があって、赤ちゃんたちの目を紫外線から守るためでもあります。赤ちゃんの権利という観点からも、匿名性は重要です。ヴェネチア・ビエンナーレでは、このインタビューのように、多くのメディア露出があります。私は赤ちゃんたちの顔を隠したかったのです。それもケアのひとつの形です。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 自分の赤ちゃんだけでなく、どの赤ちゃんにもケアを向ける、ということのようにも思えます。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> どの赤ちゃんに対しても、とは？</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 来場者はパビリオンで赤ちゃんを託され、抱いて世話をすることができます。でもそれは、その人自身の赤ちゃんというわけではありません。ケアを核家族の枠組みから切り離す、よい考えだと思います。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> そうですね。集合的なケアやキンシップのようなものです。今はまだ4月なので、ある程度想像で話しているところもありますが、その赤ちゃんの重さと脆弱さが、来場者の共感を引き出してくれればと思っています。赤ちゃんは無防備ですが、同時にとても開かれています。何かになっていく途中の存在なのです。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 今朝、医さんが参照していた映画『私は二歳』［Being Two Isn’t Easy、1962年］を観ました。二歳になろうとする子どもを中心にした作品です。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> その映画の冒頭には、子どもの心の声を想像したような一人称のナレーションがありますよね。子どもが大人たちを観察しているようなものです。そうした視点の転換が、このインスタレーションのモチーフのひとつになっています。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 私もそのナレーションに興味を持ちました。そこにはある種の願望があるように思えます。もし子どもが言葉で伝えてくれたら、物事はずっと簡単になるのに、というような。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 私たちには、赤ちゃんが何を考えているのか分かりません。親はいつも、赤ちゃんからのメッセージを読み取ろうとしています。そうした手がかりになるものとして、作品の主要な要素のひとつを「オムツの詩」と呼びたいと思っていました。親はおむつを通して、赤ちゃんがどのようにうんちをしているか、どれくらいおしっこをしているかを見ながら、健康状態を知っていくからです。</p>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> メアリー・ケリーの《Post-Partum Document》（1973–79）を思い出します。私の子どもが日本の保育園に通っていたときにも、同じように毎日記録しなければなりませんでした。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 親であることには、どうしても管理的な側面が伴います。でも赤ちゃんは、いつもその管理の枠を軽々と超えていく。それはどこか、私の日本館への参加とも重なっています。</p>\n\n\n\n<p>日本館では、私は公式な文脈に合わせて振る舞うこともできます。一方で、私のアートは国立新美術館で見せたものよりも、ずっとラディカルになっています。この二つの制度が、自分たちをリベラルで進歩的な、いわゆる「ウォーク」な存在として見せたいのだということは理解しています。だからこそ、クィアであったり、ディアスポラ的な背景を持つアーティストと仕事をしたかったのかもしれません。彼らが何を求めているのかは分かっていますが、同時に、私はその条件を交渉してもいるのです。</p>\n\n\n\n<figure class=\"wp-block-image\"><img src=\"https://backend.artreview.com/wp-content/uploads/2026/04/06-VBAN05-1230x879.jpg\" alt=\"\"/><figcaption><em>Ei Arakawa-Nash: Paintings Are Popstars</em>, 2024 (installation view, The National Art Center, Tokyo). Photo: Shu Nakagawa. Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo</figcaption></figure>\n\n\n\n<p><strong>AR:</strong> 以前、国立新美術館での展覧会についてお話を伺った際、制度の限界を試す、というようなことをおっしゃっていたと思います。</p>\n\n\n\n<p><strong>EAN:</strong> 日本国外から来る私のコラボレーターたちは、日本がどれほど官僚的で保守的になり得るかを知りません。でも、彼らがそれぞれの文脈や問題意識を持ち込むことで、違いが重なり合い、とても生産的な場が生まれるのだと思います。そこが、吉阪の建築概念である「不連続統一体」の興味深いところでもあります。私は建築史家ではありませんが、私が想像しているのは、ひとつの建築、あるいはひとつの制度の内部に、多くの差異が存在しているということです。そしてそれらが互いに作用し合い、共に動きながら、何かを生み出していく。</p>\n\n\n\n<p>東京西部の八王子にある、吉阪が設計した大学セミナーハウスを訪れたことがあります。山の上に建てられた施設です。吉阪は本格的な登山家でもあり、自然の風景を大きく改変すべきではないという哲学を持っていました。ですから、セミナーハウスでも日本館でも、彼は高低差のある空間を用い、視点の変化を生み出しています。吉阪の考えは、利用者が空間の内と外を自由に行き来できるようにすることでした。そうした空間のあり方は、パフォーマンスにとって、とても興味深いものになり得ると思います。 </p>\n\n\n\n<p>今話しながら気づいたのですが、赤ちゃんたちが高い位置から大人たちを見下ろしていることも、ある意味では、この循環の考えと響き合っているのかもしれません。「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」は、いつも地面の上にいるわけではないのです。</p>\n\n\n\n<div style=\"height:20px\" aria-hidden=\"true\" class=\"wp-block-spacer\"></div>\n\n\n\n<p><strong>荒川ナッシュ医による<a href=\"https://venezia-biennale-japan.jpf.go.jp/e/\" target=\"_blank\" rel=\"noreferrer noopener\">日本館プロジェクト</a>「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」は、<a href=\"https://www.labiennale.org/en/art/2026\" target=\"_blank\" rel=\"noreferrer noopener\">第61回ヴェネチア・ビエンナーレ</a>にて、5月9日から11月22日まで開催される。</strong></p>\n\n\n\n<div style=\"height:20px\" aria-hidden=\"true\" class=\"wp-block-spacer\"></div>\n\n\n\n<p>本記事はArtReview <a rel=\"noreferrer noopener\" href=\"https://shop.artreview.com/products/artreview-april-and-may-2026\" target=\"_blank\">2026年4・5月号</a>に掲載。</p>\n","path":"/2026/05/06/ei-arakawa-nash-interview-venice/","format":"standard","date":"06 May 2026","rawDate":"2026-05-06T04:17:02.000Z","branch":{"name":"ArtReview Japan"},"author":{"name":"Taro Nettleton and Noriko Yamakoshi","path":"/author/nettletonandyamakoshi/"},"category":{"name":"Features","path":"/category/features/"},"featured_media":{"source_url":"https://backend.artreview.com/jp/wp-content/uploads/sites/2/2026/05/rn-eiarakawa-001のコピー-1-scaled.jpg","caption":"","alt_text":"","media_details":{"width":2560,"height":1262,"sizes":{"thumbnail":{"source_url":"https://backend.artreview.com/jp/wp-content/uploads/sites/2/2026/05/rn-eiarakawa-001のコピー-1-300x148.jpg","width":300,"height":148},"medium":{"source_url":"https://backend.artreview.com/jp/wp-content/uploads/sites/2/2026/05/rn-eiarakawa-001のコピー-1-600x296.jpg","width":600,"height":296},"large":{"source_url":"https://backend.artreview.com/jp/wp-content/uploads/sites/2/2026/05/rn-eiarakawa-001のコピー-1-1230x606.jpg","width":1230,"height":606},"wordpress_1536x1536":{"source_url":"https://backend.artreview.com/jp/wp-content/uploads/sites/2/2026/05/rn-eiarakawa-001のコピー-1-1536x757.jpg","width":1536,"height":757},"wordpress_2048x2048":{"source_url":"https://backend.artreview.com/jp/wp-content/uploads/sites/2/2026/05/rn-eiarakawa-001のコピー-1-2048x1010.jpg","width":2048,"height":1010}}}},"acf":{"article_artist":null,"article_video":null,"article_audio":null,"article_collaboration":"","article_custom_html_snippet":"","article_featured_title":"","article_featured_description":"","article_highlight":false,"article_custom_link_url":"","hero_image":{"source_url":"https://backend.artreview.com/jp/wp-content/uploads/sites/2/2026/05/rn-eiarakawa-001-2-scaled.jpg","caption":"Ei Arakawa-Nash and Forrest Arakawa-Nash with his twin children. 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