クリスマスマーケットの人だかり、無料で提供される試飲用コーヒーの香り、樹木に拘束具のように巻かれたイルミネーション、平日なのに浮かれた街を通り過ぎると、ギャラリーは水を打ったような静けさだった。
松澤宥の言葉が、印刷され丁寧な額装で展示されている。ZINE『Multiple Spirits』(マルスピ)の活動を共にする丸山美佳ちゃんと一緒に作品を見てまわる。私たちも印刷物を手段にしているため、素材や技法に関心が向く。草花の転写や木版画など質感の豊かな印刷技法を選んだ私たちとは異なり、無機質で味気のない印刷を選んでいた。自ずと、書かれている文章が読みたくなる。しかし、書かれてある文章はとても小さかったり、読む順番がわからなかったりして、この場で読みきれないので、写真に撮る。ハガキは読みやすかった。《湖に見せる絵画展》と題されたハガキの文章を読みながら、今年の夏に二人で見た諏訪湖の景色を思い出す。ハガキは数枚並べられており、それぞれ異なる題と文章が添えられている。「今度私たちでやってみたいね。」そのとき、この先やるかもしれないプロジェクトの気配が漂ってきた。私にとっての松澤鑑賞のハイライトだった。
第二次世界大戦のときに学徒動員された松澤宥は、「戦中派」のアーティストと言われる。1950年代後半より、物質的な制作を離れ、「見えるものを観ない/見えないものを観る」精神性へと向かった。富井玲子『Radicalism in the Wilderness』や、ジュリア・ブライアン゠ウィルソン「Minds Over Matter: Telepathy and Cold War Conceptualisms」で指摘されるように、松沢が非物質性へと傾倒したのは、原子力爆弾投下による放射能という目に見えない非物質的脅威が、現実に後遺症として存続していたからであった。
《眠れるエネルギーに見せる絵(世界最後の絵画展)》
はたらいているエネルギーは度しがたい 眠っているエネルギーはエレガントである 永遠に眠っているエネルギーは不死である(…)
松澤の向き合った「非物質」はエネルギーだけではなく「脳波」でもあった。放射能という不可視な力と同時に、言語の限界を超えた超能力的なコミュニケーションを志向していた。英語による言語的コミュニケーションの限界も背景にあったようだ。松澤は、見る者が自分の頭のなかに主観的に思い浮かべる「観念」を生み出す芸術を志した。西洋由来の「概念(コンセプト)」が言葉を媒介とするのと違って、仏教に由来する「観念」は、直接的に相手の脳に訴えかけることができる。ウィルソンは、1950-70年代にかけて、世界規模で「テレパシー」への関心が高かったと指摘している。冷戦期のCIAによる軍事計画「MKウルトラ」では、洗脳技術や幻覚剤を用いた非倫理的な精神支配実験が行われていた。一方で、魔女やフェミニスト達は、権威主義や家父長制に結びついた軍事や資本に抵抗するテクノロジーとして「テレパシー」を用いた。前者が、一方的な支配としてテレパシーを利用したのに対し、後者はそれを相互的で集団的な思考へと開いていった。ウィルソンが、松澤の「テレパシー」に魔女やフェミニズム運動との共鳴性を見出している点は注目に値する。集団でチャントを唱えたり、念じたりすることで現実を動かそうという試みは、芸術としても政治運動としても、切実な行動だった。
《芸術家一切消滅大宣言43210アッピール》
南ベトナム仏教と連盟の高僧たちが断食ストをするように原理研の学生たちが学業放棄をするようにヒッピー族たちが勝ち生産を拒否するように国労労働者たちが列車を絶対走らせないように(…)芸術家よ表現することを一切嫌悪唾棄しよう
富井は、生前の松澤から「原爆の投下は、情報の投下と同じではないか? 合理主義、経験主義で蓄積された情報が私たちの世界の上にドカンと投下された」という発言を聞いたという。富井の理解によれば、松澤は、「近代の人間主義、合理主義の一番悪い結果が原爆」だと考えており、「その間違いを正すために物質の消滅」に向かった。

松澤展を鑑賞し終え、美佳ちゃんと私は、参加している展覧会「六本木クロッシング」のオープニングレセプションへと移動した。今日は、自分たちが参加している展覧会の初日でもあったのだ。前日に総入れ替えした展覧会のポスターが、来場する人々を迎え入れる。今回の出展作家のなかには、現在進行形の資本主義や軍国主義の問題に取り組むアーティストが多い。今日まで、何人かのアーティストやキュレーターとは、問題意識を共有し、何度も話し合いの場を重ねた。その過程を受けて、一つの企業が、私たちの問いに応答したのだろうか。新しいポスターからは、その名前が消滅していた。
《死に見せ乳房を見る根本絵画展》
(…)こういう奇妙な形の絵画展が一体世界史の上でどれほどの意味をもつだろう 少なくとも国中大さわぎで何かのお葬いをしたりどこかの国が爆弾を盲滅法おとしているよりもよほどましだという事は事実だ
「戦争は絶対だめだ」と松澤は富井に言ったそうだが、私も美佳ちゃんも、そして話し合いに参加したアーティストたちも、その点では迷いなく同じ考えを共有している。お揃いの「印刷物」を身につけて来た、二人の出展作家と会場で落ち合う。ひがれおさんは、米軍と日本が沖縄に押し付けるジェンダーロールや暴力に向き合う活動を続けている。宮田明日鹿さんは、手芸活動を通して、生活と政治的な対話をつなげる試みを続けている。私たちマルスピは、20世紀の日本の女性解放運動が、日本が帝国主義・植民地主義のもと統治を拡大していくなかで展開した運動であった、という視点に立ち、アーカイブ調査を続けている。たとえば、1945年、日本は法改正によって初めて女性の国政選挙権を実現させたが、その法律は同時に、旧植民地出身者や沖縄の人びとの選挙権を剥奪するものでもあった。こうした事実からも明らかなように、今回の展示や対話において、私たちの活動はインターセクショナルに呼応し合っていた。
《湖に見せる絵画展》
(…)人間は無数の見えないものから挑戦をうけている 見えないものを見見えるものを見ないことを今や人間は学ばねばならない
話し合う過程で、自然と共同作業が生じていった。今すぐ作品としてなにか具体的な形にならなくても、なにか直接的な行動に結びつかなくても、私たちが今後も持続しうる共通した精神性を言い表す可能性を探った。ひがれおさんは、「不屈」がしっくりくるのではないかと提案してくれた。米軍統治下の沖縄で米軍から度重なる嫌がらせを受けても反戦、反権力をつらぬいた瀬長亀次郎の言葉だ。そして、「不屈」と共に、辺野古米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う県民投票日の「2019.2.24」という文字をデザインしてくれた。展覧会のオープンはあと数日に迫っていた。そこに、私が書いた「不屈」の文字を重ねてみたところ、何か宗教的なお札のような見た目になった。オープニングの前日の夜、私たちはこのデータを持ってキンコーズに行き、持参した服や布に印刷した。「不屈 2019.2.24」は、私たちのチャントになった。

松澤宥|私の死ー色による美術、言語による美術 Yumiko Chiba Associates 2025年10月4日(土) – 11月29日(土)
森美術館 六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠 2025年12月3日(水) – 2026年3月29日(日)
遠藤麻衣は、東京を拠点に活動するアーティスト。zine『Multiple Spirits』の共同創刊者であり、美学校の講師を務める。
