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スナップの現在──「たとえすべての瓦礫が跡形もなくきれいに片付けられたとしても」

眠る木/沖縄県 那覇市 松尾/2022/Archival pigment print/59.4×84.1cm

大きな窓のブラインドの隙間から柔らかい午後の光が差し込み、赤いギンガムチェックのクロスがかけられたテーブルを照らし出している。広いレストランの店内は、四人掛けや六人掛けの大きなテーブルがいくつも並んでいて、ホテルの宴会場で見たことがあるような椅子が添えられている。奥の壁際には、クラシックカーのミニカーコレクションとジュークボックスが飾られている。写真家の上原沙也加が撮影した一枚の室内風景だ。私もこの場所に訪れたことがある。沖縄県恩納村国道58号線沿いの海岸にあるレストラン「シーサイド・ドライブイン」。創業者が米軍基地内のレストランに憧れて1967年にオープンしたというこの店は、アメリカンでノスタルジックな雰囲気をたっぷり漂わせていた。窓から見える美しい海岸もあいまって、写真映えするなと思った私はスマホを取り出して数枚の写真をカメラロールに納めたことを覚えている。

「シーサイド・ドライブイン」の室内風景写真は、上原沙也加の個展「たとえすべての瓦礫が跡形もなくきれいに片付けられたとしても」のメイン・ヴィジュアルになっている。横浜市民ギャラリーあざみ野で開かれた本展は、これまでに多くの若手写真家を紹介してきた「あざみ野フォト・アニュアル」シリーズの今年度展覧会として位置付けられている。展示は、上原の代表作であり沖縄島をめぐったカラースナップシリーズ「眠る木」、台湾に取材した「緑の部屋」「緑の日々」、そして新作の「前の浜」の4つのシリーズで構成され、上原のこれまでのキャリアを概観することができる。薄いカーテンで緩やかに仕切られたそれぞれのセクションの導線は、上原自身が編んだという。先に触れたレストランの風景は「眠る木」シリーズにおさめられている一枚だ。

眠る木/沖縄県 恩納村 仲泊/2021/Archival pigment print/59.4×84.1cm

上原のカメラを通して写真のなかにおさめられた「シーサイド・ドライブイン」は、少し色褪せたような淡い黄色みの色調に包まれている。窓からさす光は、天井や壁に反射して、淡い色のグラデーションをつくり、暖かな温度を感じさせる。社会学者の岸政彦は「眠る木」について、その帯文で「お仕着せの話法を使うのではなく、あくまでも自分の目で見た、そこにある沖縄を撮るのだ。(中略)あくまでもふつうの、どこにでもある、しかしほんとうに美しい沖縄の姿」と称している。それはその通りだと思う。だけれども「あくまでふつうの、どこにでもある」沖縄は撮影者によって異なる表現をもって生み出されるのではないか。例えば、蜷川実花が同じレストランで撮影したとしたら、上原とは異なった空間を切りとって、ヴィヴィッドな色使いのキッチュなイメージを創造することができるだろう。あるいはもし、マーティン・パーが来ていたら、観光客をあえてフレームのなかに入れて、皮肉とユーモアの効いた一枚を作り出していたかもしれない。だから、岸がいうように、私たちが上原の写真を「ほんとうに美しい沖縄の姿」と感じるのであれば、それはそこに上原が作り出した写真のレトリックがあって、それをわたしたちが認識するからこそなのだ。

眠る木/沖縄県 糸満市 糸満/2019/Archival pigment print/42.0×59.4cm

わたしは、上原が生み出す写真表現を、半歩引いた当事者目線の様式として受けとった。沖縄では、太平洋戦争末期に住民を巻き込んだ激しい地上戦によって、多くの人々が戦闘と虐殺の犠牲になった。終戦後においては、沖縄は米軍の統治下に置かれ住民の土地は強制接収された。1993年に沖縄に生まれた上原は、地上戦を経験していないし、米軍統治下の時代はもちろん、1972年以降施政権が日本国家に移る転換期も生きてはいない。その一方で、現在にまでいたる沖縄の過剰な基地負担の現実や、基地と隣り合わせの暮らしによって引き起こされるさまざまな影響は、今現在沖縄で生活を営む上原を当事者にする。だから、上原は、過去に起こった侵略と戦争の直接的な当事者ではありえないが、日米軍事に関わる政治政策によって左右される日常を生きる当事者でもある。たとえば上原がシャッターを切ったレストランの風景にはさまざまな記号——アメリカ合衆国、観光業、退廃性など——が散りばめられ、その土地と人々が経験してきた歴史とその忘却の跡さえもを控えめながら指し示す。ゆえに、上原の撮り溜めた写真は多分に政治的なメッセージを発する。ただし、そのメッセージはカメラの真実性を武器にした告発の語り口とは対極にある。むしろ、用いられているのは、日々のスナップ写真のレトリックだ。

緑の部屋「花売りのおばあさん」/2024/Archival pigment print/42.0×59.4cm

上原は沖縄の歴史を「生活者が常に政治的な選択と分断を強いられてきた歴史」と呼んだ(『眠る木』赤々舎、2022年)。現在の日常風景のなかに静かに刻み込まれている歴史の跡を確かめるため、上原は自分の足で各地に赴く。沖縄戦の始まりの場所を巡る旅を記録した「前の浜」において、上原による暴力と支配への視線はより先鋭化する。それは、歩行によるスナップ撮影のスタイルは継続されながらも、一方で、フレームのなかに収められる被写体には変化が見られるからだ。「前の浜」においては、より直接的な戦争の記号である戦跡が繰り返し登場するのだ。戦時下に慰安婦や軍夫として連行された朝鮮の人々を追悼する慰霊碑、集団自決があった森、米軍による住民の土地収奪にともなう収容キャンプ場跡地など、戦跡は人々が経験した不条理を直接指し示す。これら戦跡地の写真も含めた全ての写真には、上原自身の体験を記した短い文章が付されており、シリーズ全体を通して上原自身の旅としてのシークエンスが編まれている。  

大日本帝国による植民地支配という沖縄と同じ歴史をもつ隣島台湾への旅を記録した「緑の部屋」「緑の日々」において新たに繰り返し現れるのは、上原自身の身体を示す記号——旅先で見つけた物を持つ手、ガラスに反射した身体の影、抜け出したままに残されたベッドの形などだ。上原自身の身体の存在が写真のシークエンスのなかで現前化するとき、暴力と支配の記憶を写した写真は客観的で物理的な証拠としての意味を弱め、上原が見つめた風景としての意味を強める。

緑の日々/台湾 台北/2023/Archival pigment print/59.4×84.1cm

沖縄と台湾における戦争とその忘却の跡は、写真と文章で紡がれた上原の目線を通した物語のなかに繋ぎ止められ、上原が赴いた場所と経験の私的な記録という枠組みのなかに留められる。そして私たち鑑賞者は、カメラの物理工学的視点ではなく、上原の身体的な視線を通して、旅の記録を鑑賞するよう導かれるのだ。「眠る木」からはじまり、「緑の部屋」「緑の日々」、そして「前の浜」まで、上原の作品は一貫して、過去から現在にまでつづく国際規模の政治的課題を、沖縄で暮らす生活者としての作家自身の生と地続きな物語として、私たちに差し出している。


「上原沙也加 たとえすべての瓦礫が跡形もなくきれいに片付けられたとしても」(あざみ野フォト・アニュアル2026)は、2026年1月24日(土)〜2月22日(日)、横浜市民ギャラリーあざみ野にて開催。「上原沙也加 前の浜」は、MISA SHIN GALLERYにて、2026年1月31日(土)〜2月28日(土)まで開催。


久後香純:日本学術振興会特別研究員PD(京都大学)。ニューヨーク州立ビンガムトン大学美術史学科にて博士号取得。メディア論・ジェンダー論・視覚文化論の視点から、戦後から現在までの日本写真史を中心に研究を行う。主要論文に「『「アノニマスな記録」としての写真――1960年代後半から70年代前半における写真のリアリズムについて』」(『映像学』2022)など。

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