「ラインハード・ポーズBILDER 1979-2024」はドイツ人画家ラインハード・ポーズのアジアにおける初個展である。ポーズは70年代初頭から旧西独のベルリン美術大学に通い、1977年にドイツ学術交流会から奨学金を受け、ニューヨークに一年間滞在した。その間、彼はソーホーのエリザベス・ストリートに住み、徒歩10分の距離にあったCBGBsやマックス・カンザス・シティなど、パンクやニューウェーブ・バンドが集まったクラブに足を運んだ。77年はソーホーという地域の転換期でもあり、クラブだけでなく、安い家賃と広い空間を求め数々のアートギャラリーや、多くのアーティストがソーホーに移転・移住し、そこはオルタナティヴな、ボヘミアン・ライフスタイルを象徴するエリアになった。当時のニューヨークは、ゴードン・マッタ・クラークの記録写真にも見られるように街中だけでなく、地下鉄車両の内外もグラフィティーだらけであった。ポーズはこの一年の経験に影響を受けたと言われている。
1970年代には、コンセプチャリズム、そしてフランス哲学、脱構築論などが多国で同時に広まり、前衛作品の批評性は強くなり、情より知性に訴えかける作品が注目されたが、1980年代に入ると最も保守的な媒体である絵画が蘇り、アメリカ、イタリア、ドイツで新しい表現主義的絵画が反動的に一世を風靡した。この表現主義的絵画の回帰は新自由主義の到来と同時に起き、マーガレット・サッチャーを1979年に当選させた広告代理店サーチ・アンド・サーチを筆頭に富裕層はアートを投資対象として都合よく使い、市場価格を急激に吊り上げた。ポーズは当時台頭した「ノイエ・ヴィルデ」(新野獣派)の世代であるが、早々と祖国で注目された後、国際的な認識は得られず、2023作のドキュメンタリー映画『Enigma Pods』では、10年間以上展示を行なっていない期間があったと話している。
ポーズの作品はジェスチャー系の抽象表現主義絵画であり、その先駆者は1940年代から1950年代にアメリカで展開されたニューヨーク・スクールの作家達であろう。そこでは絵画作品が作家の即時性を持った直接的表現として評価されたが、何をもって誠実さを読み取るのか。それが抽象表現主義絵画の醍醐味である。抽象画が画家の特性を表すということは、筆触、絵の具の量、色選択が特定の画家にしか具現化できず、その画家の内面性を可視化するものであるという神話抜きには成立しない。しかし、絵の具が厚く塗られているから感情的だとか筆の運びが早いから暴力的だという解釈はあまりにも雑な演算である。筆跡が一つの記号にすぎないことはニューヨーク滞在中にポーズが関心を向けていた作家の一人、ロイ・リキテンスタインが1960年代半ばに発表した、筆跡をコミック化した《Brushstroke》シリーズも提示している。

ポーズの筆跡には濃淡の幅があり、チューブから直接塗りたくったようなものもあれば、極端に薄められ、垂れ流れたものもあり、その上にスプレーペイントで吹き付けられたものもある。色彩に関しても、《Licht Jain》(1991)など、沼のように暗いものから《Untitled》(2022)など、パステルカラーが使われた明るいものまで文字通り色々である。それらが構成する作品は同胞同世代の画家アルバート・エーレンほど対決的でも、ポップでも、意図的に下品でもない。抽象表現主義画家の多くはブラッシュマークをトレードマーク化してしまい、一枚一枚の絵がユニークな表現であることを自ら否定してしまった側面があるが、ポーズの絵画には一目で分るような捉えどころはなく、だからこそ説得力がある。
そこにあるのは意図的な不器用さでも、原始主義でもない。第一に感じるのは絵画を描くことの困難と葛藤である。モダニズムを論じる上で、クレメント・グリーンバーグは、各媒体固有の「能力」を重視し、マイケル・フリードは瞬時性の「優美」を強調した。ポーズの絵画にはどちらの模範も宙吊りにする効能がある。ポーズの作品を前にしていると生々しい、抑制された詩的なエネルギーを目の当たりにしている印象を受けるが、それは、言いたいことがたくさんありそうな内気な人が酔っ払って気を許し始めた時に感じる情動に近い。その心が傾く瞬間こそ、ポーズの複数の作品の題名に使われている「Happy Hour」の力がもたらす転換点であろう。2023年作の《Happy Hour II》と《Happy Hour III》は、四辺に余白が残され、線の色と形は異なりながらも構図は相似しており、飲酒の反復や二日酔いを彷彿とさせる。1979年作の《Jetzt》ではキャンバスの枠が5度ほど左に傾いているので、絵のほうが千鳥足になったような幻想を誘う。

ポーズの絵画は、同世代のマーティン・キッペンバーガーの作品にも漂うアルコホリズムに後押しされた自虐性を感じさせるがキッペンバーガーの作品にはユーモアがある一方、ポーズの作品が持つのは危うさである。例えば1980年作の《Ich bin doof》には螺旋状の流線のような、太いブラッシュストロークの上に、細い緑色の線で描かれた、苛立った試し書きのような乱筆が浮上し、最終的には中心に黄色いスプレーでタイトルの「私はバカだ」というメッセージが右下がり斜めに綴られている。フラストレーションは解消されないままそこに書き残されているが、同時に視線を惹きつける要素と目を背けたくなるものが共存している。ポーズの作品はモダニズムにみられた自信と特権に満ちた「男らしさ」とは一線を画す脆弱性を孕んでおり、ジャン・ボードリヤールが論じた「他者を……弱点の領域……に連れて行く」誘惑の戦略を実践しているように見えた。
「ラインハード・ポーズ BILDER 1979-2024」展は、2026年3月7日まで、ファーガス・マカフリー東京にて開催されている。
