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「私たち」という単位──ヴァイヴァ・グライニテ、リナ・ラペリテ、ルギーレ・バルズジュカイテ

《HAVE A GOOD DAY!》より 撮影:Rugilė Barzdžiukaitė

「ピッ。」
舞台に横一列に並んだ10人の女性が、バーコードを読み取る。そのたびに、バーコードリーダーのビープ音が響く。レジも、商品棚も、値段を表示する画面もない。それでも、無機質な照明と機械音、10人の歌声による挨拶や商品の名前が重なり、スーパーマーケットの風景が現れる。

リトアニア出身のアーティスト、ヴァイヴァ・グライニテ、リナ・ラペリテ、ルギーレ・バルズジュカイテによる現代オペラパフォーマンス《HAVE A GOOD DAY!》は、2013年に初演された。それぞれ、劇作家、作曲家、映画作家として活動する3人にとって、初めての共同制作となった作品である。その後、3人は2017年に《Sun & Sea》を発表し、2019年には同作をリトアニア館としてヴェネチア・ビエンナーレで発表、金獅子賞を受賞した。《HAVE A GOOD DAY!》は今回、初演から13年を経て、日本で初めて上演される。

《HAVE A GOOD DAY!》より 撮影:Rugilė Barzdžiukaitė

10人というまとまり
《HAVE A GOOD DAY!》で舞台上の10人はまず、「レジ係」というひとつのまとまりとして見えてくる。同じような服装で、同じ作業を繰り返し、同じ挨拶を口にする。
ところが、作品が進むにつれて、そのまとまりの内側から別の声が現れる。新人、シングルマザー、美術史修士、移住した家族をもつ者、エスニック・マイノリティなど。それぞれの声から異なる生活が浮かび上がり、給料日の場面では、受け取った給料で何を買うのかが歌われる。「レジ係」として見えていた人物は、労働する者であると同時に、その給料で生活する消費者としても現れる。商品を売る側と買う側が、同じ一人のなかにある。
ここで見えてくるのは、「レジ係」という役割の背後にある、より本質的な個人ではない。一人の生活が見えると同時に、「レジ係」というまとまりも残っている。同じ人物が、焦点の置かれ方によって、別の姿として現れる。
その見え方の変化を生み出すのが、アリアとコーラスの切り替えである。一人が歌うアリアでは、それぞれの人物の生活が具体的に語られる。新人はレジの操作を何度も間違え、シングルマザーは子どもを祖父母に預け、仕事で起きた失敗や帰宅後の生活を話す。
そこにコーラスが重なる。シングルマザーのアリアの後には、彼女が給料で買うものをコーラスが列挙する。「バター、牛乳、サワークリーム、ワイン、ベビーフード……」。一人の生活が、今度は10人の声によって歌われる。個人の経験が、コーラスによって10人のなかに置き直される。
ヴァイヴァはこの構造を「ズームイン」と「ズームアウト」と説明している。カメラのように実際の距離が変わるわけではない。舞台上の10人は同じ場所に並んだまま、歌う人数と声の重なりによって、観客の意識だけが移動する。

《HAVE A GOOD DAY!》より 撮影:Modestas Endriuška
《HAVE A GOOD DAY!》より 撮影:Rugilė Barzdžiukaitė

視線のスケール
この構造は、《Sun & Sea》では、異なるスケールで展開されている。人工的につくられた砂浜には、水着姿の人々が横たわり、日光浴をし、子どもと遊び、食事をしている。そのなかで、日焼け止めを塗る女性が肌のことを歌い、旅行中の男女が出会いについて歌い、かつての夫が海で溺れたことを語る女性がいる。どれも、その人物の身近な出来事や思いを語る声だ。
アリアのあいだにはコーラスが重なる。最初のコーラスでは、渦や急な深み、離岸流、引き波への注意が呼びかけられる。後半には、「今季の海は森のように緑だ」と歌われ、海の富栄養化や藻の繁殖、海藻や魚の残骸が語られる。個々の生活のあいだに、海の環境という別の側面が現れてくる。
ここでも、コーラスが個々の人物の話を打ち消し、それを「気候危機」という大きな物語に回収するわけではない。美容や旅行、子どもとの時間といった身近な出来事はアリアとして残り、その同じ砂浜に、環境の変化をめぐる声が置かれる。
《HAVE A GOOD DAY! 》では、一人の人物を仕事から生活へと捉え直すなかに、労働や消費、移動をめぐる社会への視線もある。《Sun & Sea》では、その関心が、日常的な消費から地球資源の消費へと接続される。レジ係が買うことと売ることの循環を体現していたように、ビーチで休暇を過ごす人々もまた、地球の資源を消費する側にいる。2013年から2017年にかけて、同じ構造のなかで、捉える対象のスケールが変化していく。

《Sun & Sea (Marina)》 ルギーレ・バルズジュカイテ、ヴァイヴァ・グライニテ、リナ・ラペリテによるオペラ・パフォーマンス、2019年 ヴェネチア・ビエンナーレ 
撮影:Andrej Vasilenko © Courtesy of the artists
《Sun & Sea》 ルギーレ・バルズジュカイテ、ヴァイヴァ・グライニテ、リナ・ラペリテによるオペラ・パフォーマンス、2021年 テアトロ・アルジェンティーナ、ローマ 
撮影:Neon Realism © Courtesy of the artists

「私たち」という単位
こうした個とまとまりの関係は、3人の共同制作のあり方にも重なる。今回の公演に先立つインタビューでリナは、自分たちの共同制作の強みとして、コレクティブではなく、それぞれが個人のアーティストであることを挙げている。
《HAVE A GOOD DAY!》をいま見るとき、彼女の「戦争は変化している。気候危機は残っている。物事は変わっていると同時に、同じでもある」という言葉が残る。実際、作品が初演されてから、そこに描かれる人物を取り巻く状況は変わった。たとえば、イギリスで暮らす息子がいるリトアニア人の母親について、ヴァイヴァは、ブレグジット後の現在、その設定は当時とは異なる意味を持つと話している。
また、エスニック・マイノリティの人物についても、現在のリトアニアであればウクライナから避難してきた人を想像するなど、地域や時代によって、思い浮かべる人物も異なってくるだろうという。もしこの作品をいまつくるなら、「私たちの経験をもとに、違う人物が登場するだろう」とも話している。作品を取り巻く社会だけでなく、作家自身の経験もまた、変化している。
けれども、ここで重要なのは、13年前と現在で作品の意味が同じかどうかではない。人物の背景や社会的な文脈が変われば、作品の見え方も変わる。それでも、ひとつのまとまりをつくりながら、そこにとどまらず別の単位へと移っていくという作品の構造は残る。ひとつの見方を別の見方に置き換えるのではなく、それぞれを残したまま、対象を捉え直す。この構造が、その時々の状況のなかで、別の読みを引き出していく。
「私たち」という言葉が、誰を含み、誰を外に置くのか。それが改めて政治的な問題になるいま、ひとつの「私たち」をつくることで、何が見えて、何が別のものとして残るのか。そこから生まれる問いは、作品の外にも及んでくる。作品は、その問いを閉じない。

《HAVE A GOOD DAY!》より 撮影:Rugilė Barzdžiukaitė

《HAVE A GOOD DAY! 》10人のレジ係、スーパーマーケットの音、 ピアノのためのオペラ は、2026年9月25日、26日、ロームシアター京都 サウスホールで開催。


権祥海:東京都現代美術館学芸員。東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻博士課程修了。現代美術とパフォーミング・アーツを横断するキュレーション、執筆を行う。主な企画展に「開館30周年記念展『日常のコレオ』」(東京都現代美術館、2025年)など。

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