絵画は自らを倒錯させ、見る者もまた倒錯する。
ケリー・ジェームズ・マーシャルとの対談でタイマンスが語ったこの思考は、彼の実践を貫く権力と暴力への関心と切り離せない。人を引きつける像の力は、権力を覆い隠すことも、その働きを露わにすることもある。だが、その作用を批判する絵画もまた、同じ力を呼び起こすことから自由ではない。タイマンスは既存の写真や映像の裂け目を探る。何を切り取り、何を残し、どのように現れさせるか。その介入は、いかなる条件のもとで像をめぐる権力関係を揺さぶり、また引き継いでしまうのか。
軽井沢のリヒター・ラウムで開かれているリュック・タイマンス「結露(Condensation)」展では、六点の新作油彩画がほぼ同じ高さに並ぶ。高さ5メートルに及ぶゲルハルト・リヒターの《Strip Sculpture Karuizawa》(2023)が望める窓からは自然光が差し込み、時間とともに空間と絵画の表情を変える。作品はいずれも長辺がおよそ60〜75cmの比較的小さな画面だが、そこに描かれた像が生まれた場所も、現在の画面に至るまでの経緯も一様ではない。タイマンスは「結露」展と同じ時期、パレスチナをめぐる暴力を扱ったベルギーZ33の「Before Our Eyes」展にも参加している。見ることの責任を問い、絵画が重要な位置を占めたこの展覧会で、彼は「結露」展の六点と同程度の大きさの油彩画《The Maggot》(2025)を巨大な壁画へと展開した。小さな画面は、像を見極めようとする者に接近を促す。近づくほど像は筆触へほどけ、離れれば再び立ち上がる。しかし、見えるものを決めるのは、物理的な距離だけではない。

© Studio Luc Tuymans courtesy WAKO WORKS OF ART
2018年、タイマンスはバロック美術と現代美術を交差させる展覧会「Sanguine/Bloedrood」を企画した。暴力を直接描くことに懐疑的な画家が、キーンホルツとカラヴァッジョの苛烈な表象を軸に据えたことは興味深い。このねじれは、直接的か間接的かという表現法だけでなく、イメージが注意を引きつける力と、その注意をどこへ向けるかを決める権限との関係にある。「結露」展の《Swan Lake》の原像は、1991年8月にソ連で起きたクーデター未遂時に国営テレビで繰り返し放送されたバレエ『白鳥の湖』の映像だ。美しい舞踊は政治的な情報の遮断に用いられたが、その異様な反復は、何かが起きていることを知らせる徴候にもなった。一方、当の絵画面に浮かぶ黄色い形態は、人影なのか、その残像なのかさえ判然としない。かつて視線を逸らすために用いられた映像が、その来歴を帯びて絵画となるとき、何から視線を逸らされたのかを考えさせる。《Mural Kitten》と《Mural Skull》では、光が見えるものを選別する。視野を限定するのは、収容所の病院棟に描かれていた壁画を映した懐中電灯の光だ。壁に属していたイメージは、媒体を移ることで場所との関係を変える。それは痕跡を保存する行為であると同時に、痕跡を本来の場所から切り離す行為でもある。政治的な情報遮断のための放送と、壁画を照らし出す行為は、どちらも見えるものを峻別する。しかし、何を見せるかという判断の目的も、それを行える立場も同じではない。

© Studio Luc Tuymans courtesy WAKO WORKS OF ART
誰が像を記録し、名づけられるのか。この問題は《Palestinian Wildflower》でいっそう切実になる。原資料として考えられるのは、エルサレムのAmerican Colony写真部が20世紀初頭に撮影した植物写真《Wild flowers of Palestine》である。画家の身振りにも見える画面上部を横切る斜線は、すでに原写真に刻まれている。その線は植物を標本のように提示した写真の側に属しており、タイマンスが絵画へ移すのは、花の姿だけでなく、それを記録した像の痕跡でもある。そして資料名の「of Palestine」は、ここで「Palestinian」へと変換され、土地の名が、民族的、文化的、政治的な帰属を喚起する形容詞となる。しかし、何をパレスチナの植物と呼び、誰が、どのような条件のもとでその土地を記録できるのかという問いは、画面の外に広がっている。
視覚文化理論家で映画監督のアリエラ・アイシャ・アズレイは、American Colonyの写真を通して、かつてエルサレムに存在した多様な写真文化と、その後の政治的暴力による断絶を辿った。写真が保存されることは、それを成立させた人々の関係まで保存されることを意味しない。同じ写真群を参照したパレスチナ人美術家アラー・アブ・アサドの《Wild Plants of Palestine》では、この隔たりがさらに具体的な問題となる。パレスチナの植物調査に同行した彼は、検問所や封鎖によって、調査対象の植物の一部に近づくことさえできなかった。アブ・アサドが問い直すのは、写真に何が写っているかだけでなく、何を記録できるかを決める政治的条件そのものだ。《Palestinian Wildflower》では、帰属を強めるものが、切断の歴史も露呈する。だが、写真を絵画へ移す自由と、その土地で新たな像を記録する自由は、同じ条件のもとにはない。

右:《Apron》 courtesy WAKO WORKS OF ART
他者のイメージへの介入は、《Apron》において画家自身の仕事へと折り返される。入口側へ振り返ると視界に入るこの作品の発端は、ある画家がパレットを洗うYouTube映像だった。手袋とエプロンをまとい、付着した絵具を洗い流す作業に、タイマンスは血痕の消去や犯罪現場を連想した。痕跡を読み解くはずのフォレンシックな視線が、ここで発動する。証拠らしさや文脈は、パレットを画面の外へ退け、染みを拡大する画家の選択によって生まれる。暴力の徴候を見抜くはずの視線が、ここではその徴候をつくり出し、絵画はその疑わしさによって見る者を引きつける。この像は二連画《Gloves》(2021年)を経て、2024年にルーヴル美術館で制作された壁画《L’Orphelin》(孤児)へと展開した。四面のうち一面に再現されたのは、ケーテ・クルーゼの人形の後頭部を描いた、今は失われた自作《The Orphan》(1990年)だ。その無防備に晒された首筋に斬首を見いだしたタイマンスは、ルーヴルの公共化とギロチンを結びつけたジョルジュ・バタイユの言葉を引いている。画材の洗浄から犯罪の隠蔽へ、人形の後頭部から革命の暴力へ。その連想は、絵画制作から、それを支える美術制度の歴史にまで暴力の問題を引き寄せる。そしてこの壁画の一部が《Apron》として切り出されると、他者の映像に始まった像は、画家自身の作品史のなかで引用を重ねる。ここに露わになるのは暴力を見いだす視線だけではない。その見立てを反復し、別の場所へ運び、誰の作品として提示するかを決める力である。

© Studio Luc Tuymans courtesy WAKO WORKS OF ART
バタイユは『マネ』において、絵画による「主題の破壊」を論じた。それは対象の消去ではなく、主題にあらかじめ与えられた物語や意味を失効させることだった。《Apron》では、像に結びついた意味が、画家自身の制作過程で次々と横滑りしていく。自分の様式から逃れようとする試みさえ新たな様式となることを承知しながら、タイマンスは過去の自作をも変換の対象とし、その手の内をあえて明かしているように思える。そこから逆説的に浮かび上がるのは、同じ高さに並置された作品が、一人の画家の手法へと収斂する以前に経てきた、互いに還元できない歴史の層である。「結露」が表面に現れながら、その生成条件を表面の外にも持つように、これらの絵画もまた、画面に現れるものだけでは成立しない。タイマンスは、そうした異なる来歴を持つ像を絵画として関係づける、その操作自体を展示の仕組みに潜ませる。
《Apron》がほかの作品を読み解く鍵となるなら、その鍵をつくったのもタイマンス自身である。ただ、この自己言及を画家の権限の問題だけに還元すれば、展覧会のもう一つの緊張を見落とす。自作の引用も他者の記録への介入も、絵画のうえでは等しく可能になる。イメージが何を見せ得るかを決める権限を問い直すために、画家はまさにその権限を行使している。だが、その等しい変換可能性は、それぞれの像を成立させた条件まで等しくすることを意味しない。絵画によって比較可能になった像が、同時に、同じ尺度では測れない歴史の差異を露わにする。二つの働きは、ここでは分かちがたい。像を選び、描き直す画家の自由が、何を見せ、記録できるかを左右してきた条件の非対称性と衝突する。その非対称性を、タイマンスは自らの絵画の方法そのものに引き受けている。

リュック・タイマンス「Condensation 結露」は2026年5月30日(土)から10月31日(土)まで、リヒター・ラウム にて開催中。
