現代美術館 Dib Bangkok の開館記念展「(In)visible Presence」は、やや内向きに閉じた展示構成でありながら、タイ現代美術の位置づけを静かに押し広げている。
12月の華やかな開館以来、現代美術館Dib Bangkok(ディブ・バンコク)は、バンコクのアートシーンにおける新たな注目拠点として、ひときわ期待と関心を集めている。だが、鉄鋼倉庫を改築した端正で静謐なこの空間に実際に足を踏み入れると、その体験は、バンコクという都市を中心に据えるどころか、むしろ私たちをそこから遠ざけていくように感じられる。入口を越え、水鏡のような池や冷却塔の脇を抜けて進むにつれ、都市の過剰な刺激は背後へと退いていき、一見すると、この都市のアートそのものからさえ切り離されているように映る。
敷地を進むと、まず左手にフィネガン・シャノンの青いベンチが目に入る。そこに白い文字で記された「ここまで来るのは大変だった」という一文は、この私立美術館設立までの道のりが決して平坦ではなかったことを暗示している。右手には、巨大なビー玉かミニチュアの惑星を思わせる、アリシア・クワデによる11個の石の球体《Pars pro Toto》(2020年)が、広大な中庭に点在している。さらに奥には、ジェームズ・タレルが手がけた、空を仰ぎ見るための部屋《Straight Up》(2025年)へと続く険しい階段がそびえ立つ。公式ウェブサイトが「タイにおけるタレル初の大型構造作品」と謳うその作品の傍らには、ショー・シブヤ(澁谷翔)の《MEMORY》(2025年)も配置されている。引き伸ばされたニューヨーク・タイムズ紙の一面に日の出を抽象化したイメージを重ね合わせた、長さ85メートルにおよぶビルボードのような作品だ。こうして屋外空間をひと通りめぐったのち、ようやくタイのアーティストによる作品と対面することになる。それが、ピナリー・サンピタクによる、鏡面仕上げのステンレススチール製彫刻群《Breast Stupa Topiary》(2013年)だ。

現在のタイのアートシーンはインフラ不足に直面している。なかでも最も顕著なのが、バンコクにある国立美術館をめぐる状況だ。建物はすでに完成し、タイ現代美術のコレクションも拡充されつつあるにもかかわらず、政府はいまだに開館を実現できずにいる。だからこそ、7,000平方メートルにも及ぶこの私立美術館には、そうした空白を埋め、タイ現代美術を中心に据える場となることへの期待も生じうる。だが、世界各国から集められた作品群が並ぶ様は、むしろそうした期待や見込みを、きっぱりと退けているように映る。その設立の根底には、まぎれもなくノブレス・オブリージュ(富裕層の社会的責任)の精神があるにもかかわらずだ。これらの屋外彫刻が暗示しているように、Dib Bangkokはあくまでその設立を構想した亡き実業家、ペッチ・オサタヌグラの国際性を体現する場であって、国家的な要請や言説に縛られるものではない。その印象は、館内に足を踏み入れても変わらない。ディレクターの手塚美和子率いる同館チームが、1,000点を超える所蔵品から選び抜いた開館記念展「(In)visible Presence」は、40人の作家による80点で構成されており、3つのフロアをめぐるにつれ、オサタヌグラの人物像が見えてくる。エナジードリンク大手オソツパのCEOという顔を持つオサタヌグラは、その一方で、普遍的なもの、詩的なもの、哲学的なものへの関心をかき立てる作品を求め、世界中を渡り歩いた夢想家でもあったのだ。

入り口近くの壁には、野球のバットが立てかけられている。マルコ・フシナートが継続的に展開してきた《Constellations》(2015–2025年)の一作だ。そのバットを手に取って振ると、125デシベルもの轟音が鳴り響き、周囲の来館者は思わず身をすくませる(SNSで出回る動画が示すように、トイレの中にいる人さえ例外ではない)。そのすぐ近く、ネオ・ゴシック調の十字架があしらわれた木製のアーチをくぐると、今度は金属探知機が警告音を鳴らす。ヒュー・ヘイデンによる《Untitled Threshold (After Victor Horta After Charleston)》(2019年)だ。これらの作品は、いずれもいくつもの概念的な読みを誘う(作品解説によれば、ヘイデンの作品は2015年のチャールストン教会銃撃事件を受けて構想されたものだという)。とはいえ、ここで前面に出るのは、もっと単純な作用である。すなわち本展は鑑賞者に、ただ受け身で観るのではなく、その空間に身を置き、身体で感じることを促している。
会場内の壁面テキストには、「人間であることの意味」や「その彼方にあるもの」、あるいは不在の人々の「永続的な存在感」といった言葉が並ぶ。そうした幅広くも重みのあるテーマを掲げた本展にふさわしく、展示空間全体を覆うのは、鑑賞者に思索を促す静けさと、沈鬱な気配である。小品としては、杉本博司の《Tri-City Drive-in, San Bernardino》(1993年)が強い印象を残す。上映時間全体にわたって、野外映画館のスクリーンを露光したこの写真作品では、数時間にわたる光と動きのすべてが、まばゆい白い長方形の内に圧縮されている。一方、大型作品では、ソンブーン・ホームティエントーンの《The Unheard Voice》(1995年)が見る者を引き込む。本作では、布に覆われた寺院の木柱9本が、一列に並べられた遺体のように低く横たわり、その光景を見下ろすように配された大きな長方形の窓が、揺れる梢を切り取っている。

こうした夢幻的な作品群をたどっていくうちに浮かび上がるのは、ある種の独我論や非歴史主義へと傾いていくテーマ展としての本展の姿である。社会的な主題や時代性、あるいは具体的な人物像には(完全にではないにせよ)ほとんど関心を示さない本展は、記憶や精神性の本質をめぐる、体験的な一つの「論考」とでも呼ぶべきかもしれない。しかし、展示の中盤にさしかかると、こうした内向きな印象とは別に、より実践的で前向きな作動原理が働いていることに気づく。とりわけ作家構成に目を向けると、Dib Bangkokは当初受けた印象ほど、地元の文脈から切り離されているわけではないように見えてくるのだ。死や内省に根ざした作品群がもたらす哀感の一方で、そこには、タイ現代美術に対する静かな支援の姿勢が漂っている。実際、出品作家の約4分の1がタイの作家で占められているが、その選択には過剰な配慮も、無理に加えたような印象もない。

この比率は、単にオサタヌグラ個人の収集傾向を反映しているにすぎない、という見方もできるだろう。だが、国際的なアート界で称揚されてきた作家とタイの作家を並置する展示構成は、暗黙のうちに一つのメッセージを発している。すなわち、タイの作家たちの作品にも同等の批評的重みがあり、国際的に評価されてきた作品群と同じ場に置かれても、その強度を失わない、ということだ。こうした姿勢は、タイの作家たちを後押しするだけでなく、適切に作用すれば、タイ美術史そのものを国内であらためて呼び起こし、より豊かにしていくことにもつながるように思える。最上階では、アンゼルム・キーファーによる大規模なインスタレーション《Der verlorene Buchstabe》(2019年)を収めた一室の隣に、故モンティエン・ブンマーの作品に捧げられた、2つの見応えのある展示室が並ぶ。1990年代のタイ現代美術を代表する存在であった彼の、粘土に残された手形や、鐘のような器が積み上がった壁、鶏かごや土、ハーブ、ろうそくの蝋といった素材を変容させた作品群は、今なおタイ国内で畏敬と尊敬の念を集め続けている。もっとも、その敬意はたいてい、作品からどこか距離を置いたところで向けられてきたものではあるが。

この最上階の展示構成は、タイ現代美術を映し返す鏡のような役割を担うだけでなく、その語りの焦点を、「国家、宗教、王室」の影や、ローカルなモダニズム、あるいは「タイらしさ」の系譜といった、しばしば議論を支配してきた枠組みから、ブンマーがかつてパリやローマで学んでいた時期へと転じさせている。そこでファウンド・オブジェクトや有機的な素材の可能性に触れたことが、彼の内に何かを呼び覚ましたのだ。シュトゥットガルト滞在期に制作された金属構造物の連作《Zodiac Houses》(1998–1999年)の中に立ち、内側から上を見上げると、いかなる美術の教科書にもなしえない仕方で、彼の精神性と歩みに触れることができる。キーファーのモニュメンタルな作品との並置は、空間にもうひとつの重力を生み出し、ブンマーの連作と私たち鑑賞者を、境界なき神話的な領域のうちにつなぎ留めるのだ。これらの展示室が示唆しているのは、いまタイに必要とされ、Dib Bangkokが差し出そうとしているものが、自国の姿をただ忠実に映し返すだけの鏡ではない、ということだ。それはむしろ、タイの観客にとってはこれまで「invisible(不可視)」だったかもしれない別の世界——タイの作家たちが長らく影響を受け、あるいはその内に身を置いてきた世界——へと通じる、ひとつのポータルなのである。
(翻訳=Art Translators Collective)
「(In)visible Presence」展は、Dib Bangkokにて8月3日まで開催。
