実験映画とヴィデオ・アートのパイオニアであり、フェミニズム・アートの先駆者のひとりである出光真子の大規模な回顧展が、東京都写真美術館で開催されている。本展には同館収蔵作品43点に加えて、これまで鑑賞する機会が少なかった作家蔵のインスタレーション作品が複数展示されており、出光作品の全貌を網羅的に振り返る内容となっている。
「出光真子 おんなのさくひん——ある映像作家の自伝」という展覧会名は、出光の初のヴィデオ作品《おんなのさくひん》(1973年)と、2003年に上梓された自伝に由来する。作品はおおよそ制作年順に展示されており、会場の二箇所には、他者の動作や内面をカメラやモニターで「観察」することについて、出光が自伝に綴った言葉が掲示されている。順路に沿って進むと、展示はヴィデオカメラの前で自ら専業主婦の一日を演じた《主婦の一日》(1977年)に始まり、モニターを鏡に見立てて化粧をする《Make Up》(1978年)、子育て中の自身の写真を用いたインスタレーション《Real? Motherhood》(2000年)、そして戦時中に撮影された家族写真と日本の植民地支配に関するニュース映像を組み合わせた《直前の過去》(2004年)へと続き、観客はたびたび幼少期から30代の頃の出光と出会う。最後に1990年代以降に開催された新作展や特集上映、回顧展の資料が展示されており、国内における出光作品の評価の軌跡を見てとることができる。このように本展は、アーティスト本人の姿と言葉、そして作品の鑑賞をつうじて出光の創作活動を顧みる「自伝」のように設計されているのである。


「(ヴィデオ)作品を創るなら、フィルムとは異なった発想のコンセプトにしなければと思った」(括弧内筆者、出光自伝、96頁)と出光自身が述懐しているように、彼女の作品はフィルムとヴィデオ、それぞれの映像メディアの特性を使い分けて制作されている。フィルム作品は、光の反射や影を効果的に用いたショットや二重焼き付けによって、人物の心象風景を描き出すような実験的イメージがつくりだされている。それに対してヴィデオ作品では、撮影した映像を即座に映し出す特性や、明所でも再生可能である点を活かし、フレーム内にモニターを配置する独自の手法、通称「マコスタイル」を確立した。この手法は重層的な視線の構造と、日本の家庭を舞台とするフィクショナルなドラマ作品を生み出す基盤となっている。とりわけ、二つの映像メディアを並行して扱っていた1970年代において、実験映画とヴィデオ・アートという異なる領域に属したこれらの作品群は、前者は非政治的、後者は女性解放運動と軌を一にする政治的作品という対照的な評価を受けていた。出光作品におけるこうした二面性を横断する視座として、西嶋憲生は「主婦の日常性の意識化」(『出光真子全仕事』パンドラ、1996年、10頁)、斉藤綾子は分裂した女性性の構造的な映像表現として「情動の言語」(本展カタログ、2026年、106頁)を提唱する。そして本展における「自伝」という枠組みは、娘・妻・母として生き、そこに課された性別役割や抑圧、自己の葛藤と向き合った出光の創作と、彼女が語る「観察」という言葉を重ね合わせる試みである。同時にそれは、第二波フェミニズムのスローガンとして知られる「個人的なことは政治的なこと」とも響き合っている。


他方で展示作品を鑑賞していると、出光作品には多彩な出演者や協働者が携わっていることにも気付かされる。ジュディ・シカゴとミリアム・シャピロによるアートプロジェクトを取材した《Woman’s House》(1972年)や、高橋アキのピアノ演奏を録音した《Something Within Me》(1975年)、女性のコレクティヴ「ホーキ星」のメンバーを巻き込んだ《女たち》(1977年)、《At Any Place 4:ヨネヤマ・ママコ作「主婦のタンゴ」より》(1978年)におけるヨネヤマのパントマイム、そして岸本清子のパフォーマンスを長回しで撮影した《アニムス パート2》(1982年)。これら一連の作品は、当時の女性たちとのユーモラスで貴重な交流の記録でもある。また出光が日本での作家活動を本格化させた1970年代はヴィデオ・アートの黎明期であるとともに、国際婦人年(1975年)と消費文化の加速を背景に「女性の自立」が謳われ、女性のクリエイターが注目された時代でもあった。出光の執筆の仕事については本展ではあまり触れられていないが、彼女はアメリカの女性解放運動を知るアーティストとして注目され、雑誌メディアを中心にエッセイを寄稿していた。このように多くの女性たちを巻き込んで展開された出光の活動は、女性解放運動を取り巻く文化的動向に並走したフェミニスト的実践として捉え直すことができる。


ここで「観察」という観点から展示作品を眺めてみると、その対象は一貫して自身を含む女性たちに向けられていることがわかる。出光の親族が出演した《祖母・母・娘》(1976年)や《女たち》は——視線の対等性には留意を要するものの——撮影をつうじて女性たちの振る舞いを比較する試みであり、その手法は《主婦の一日》にて視線を自らと鑑賞者に向ける表現へと引き継がれる。また「マコスタイル」を多用したヴィデオ作品では、「観察」は家庭を舞台としたシナリオや演出に反映されており、2000年代以降のインスタレーション作品では、抽象的なオブジェと自身のポートレイトによって性別役割や「母性」のあり方が問われている。こうした出光作品における「観察」を大まかに検討するならば、女性の無意識の振る舞いや日本の家族関係、さらには自らの人生を女性史と接続することで、独自の表現方法を様々に編み出していると言うことができるだろう。しかしながら本展における「自伝」という枠組みは、前述した女性たちとの出会いや創作における協働、そしてこのような「観察」のあり方の多様さを、出光真子というアーティストの個別の物語に収斂してしまうものでもある。


様々な声が溢れる本展の展示室は、作品どうしの音と光、イメージが互いに干渉し合う空間となっている。たとえば母の死後に制作されたフィルム作品《ざわめきの下で》(1985年)の鑑賞中、透過性の高い布で仕切られた右隣の空間に目を向けると、そこにはタンポンから経血が滲み出す過程を映す《おんなのさくひん》が展示されている。元東宮侍従の浜尾実のベストセラー『女の子の躾け方』(光文社、1972年)にヒントを得た本作のナレーションは、女性蔑視的な思想を男性医師が淡々と語るものである。ふたたび《ざわめきの下で》に視線を戻すと、母の病室や葬儀での出来事を思い返しながら、夫に仕え続けた一人の女性の人生に対する心情を、静かに語る出光の声が聞こえてくる。ここで観客は二つの作品の間に立つことで、女性の生/性に対する抑圧と、そのなかで生きることの困難さを、異なる時期に、異なる手法で提示している場に身を置くことになる。こうした空間は、制作年順というリニアな時間軸を超えて女性たちの感情や経験を立ち上げることを可能としており、本展の「自伝」という枠組みを揺さぶる効果を生み出している。


作品間の共鳴は、アーティストと作品の回顧に留まらない鑑賞体験をもたらす。それは《シャドウ パート1》(1980年)と《加恵、女の子でしょ!》(1996年)、そして展示室中央に象徴的に展示されている《Still Life》(1993–2000年)に至るまで、出光作品に繰り返しあらわれる、自ら千切った花びらをピンで留め直す行為——家父長制と性別役割のもとで引き裂かれた自己の性を、痛みを伴いながら修復する試み——に立ち会うような、緊張感に満ちた経験である。
本展で増幅される女性たちの声は、こうした痛みの共有を可能にする。それは作品から発せられる感情や言葉、そして眼差しが、観る者に痛烈な既視感と居心地の悪さを与えるだけでなく、展示構造によって「自伝」という枠組みを超える物語が差し出されているからである。本展は出光真子の創作と実践のあり方に出会い直す、重要な契機となるはずだ。
「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」は、2026年6月18日(木)– 9月21日(月・祝)まで、東京都写真美術館にて開催。
原口寛子:アーティスト、研究者。大阪大学大学院人文学研究科博士後期課程在籍。1970~80年代の日本の女性アーティストによるヴィデオ作品と活動を、フェミニズム美術史の視点から研究している。アーティストユニット「佐藤史治と原口寛子」では、インスタレーションやパフォーマンス、プロジェクトなどを共同で手がける。
